ふたたび、遂行動詞についてです。
遂行動詞や結果構文など、高校でも言語学に一歩踏み込んだようなことを教えてくれたらいいのに。最近、そんなことを考えます。
約束する
ずっと前に読んだ遠藤周作の小説だったと思いますが、少女が「ねえ、結婚してくれる?」と尋ねます。男は「うん」と答えます。「うん、じゃだめ、結婚するって約束して」と迫ります。男は再び「うん」と答えるだけです。少女はその言葉に満足せず「約束するって言って」と食い下がります。それでものらりくらりと「結婚するよ」と逃げますが、とうとう「約束する」と言わされてしまいます。少女はその言葉で安心します。「結婚するよ」で安心しないのはこの言葉で「約束した」ことにはならないからです。
また、映画『アルマゲドン Armageddon』で、困難で危険極まりない宇宙への任務に就くブルース・ウイリスに娘が「必ず帰って来るって約束して」と、迫る場面がありました。映画やドラマではこの「約束して」「約束するよ (I promise.)」という場面がたびたび出てきます。
ここでもう一つ思い出しました。
映画『スタンドバイミー Stand By Me』で「誓うよ(I swear.)」と言って4人が手の平をお互いにこすりあわせるシーンもありました。「誓う」も「誓う」と言った瞬間に誓約が成立します。
「約束する」「誓う」などを遂行動詞と呼ぶことは、以前に「お詫びする」で取り上げました。
遂行動詞という用語は知らなくても、その言葉を発した瞬間に効力を発することは、小学生でも知っています。学校の式などで
以上で第1学期始業式を終わります。
と司会の先生が言うと、生徒たちはザワザワし始めます。これは生徒たちが遂行動詞の効果を身を持って理解している証左です。
この小学校の生徒たちのレベルまでの言語運用能力の習得を、首相・経営責任者・団体の長をはじめ、すべての人に求めたいと思います。ないものねだりでしょうか。これは嫌味ではなく切実な願いです。日本の総理大臣といえば組織的にはトップリーダーですが、その安倍晋三首相からして、
歴代の社会保険庁長官の責任の所在を明らかにしていくことをお約束したいと申し上げたいと思います。
と言ったのですから。これはもうオブラート2枚包みの最高傑作です。この発言は約束したことになるようでならないからです。「思います」は遂行動詞ではないからです。首相のかかげた「美しい日本」には美しい日本語を話すことも当然含まれているはずです。掛け声とは裏腹に、首相や経営者トップなどの言葉もむなしい響きばかりです。
安倍首相のこの言葉はネット上では確認できませんでしたが、安倍首相は、第1次政権でも続投を「お誓い申し上げます」と述べた2日後に退陣表明した方です。どこかでぽろっと仰ったのでしょう。
他人の批判ばかりするのも品がないので、自分のことを考えると、こういう表現、たしかにすることがあります。しかも意図的に。
取引先、顧問先が提示した条件・要求が少々無茶なレベルのときは、こんな表現をするときがあります。
「それは…少し難しそうですね…。」「努力したいとは思います。」とか。はっきり言うと角が立つので、柔らかく、オブラートに包んで状況を説明する。
あくまで現在の状況での話ですが、これまでの経緯を考慮すると、その手段がどれくらい効果があるか、というのはかなり疑問ですね。ゼロとは言えないけれども、すぐに良い方向に事態が進展するとは考えられない、というのが正直なところでしょうか。…で、ここでひとつ提案がありますが、こんなのはどうでしょう。これまでの方向とは異なりますが、違う角度からのアプローチ、解決策でして…
とかなんとか。
一言でいうと「それはたぶん無理! 別の方法で行きましょう!」で済むことです。
われながら、まだるっこしいなあ。
自分で書いていて少し嫌な気分になりました。
ジェスチャーを交え、対面で話せばマシだと思いますよ。
そして、ひとつ弁解させてもらうと、商談でのこういう話し方は、相手へのサービスという面もあります。
というのは、ストレートに「それはたぶん無理! 別の方法で行きましょう!」と言ってしまうと、唐突すぎて、相手はうまく気持ちを切り替えられません。そこで、少しずつ、雰囲気から伝えていくわけです。その間に、相手は気持ちと状況・考えを整理して次の言葉を探す、と。会話での「空虚な言葉」にはそんな意味があることを肌で感じています。
あ、でも、政治家のスピーチは違いますよ。
だってあれは予め用意した言葉を読み上げているだけですから。だからこそ、その一言一句を解釈してその真意を探るわけで。その意味で、引いた安倍首相の言葉は無責任と言われても仕方ありませんね。体裁をエレガントに整えて「遂行」を回避しているからです。
皮肉半分、本心半分ですが、政治家ってすごいなあ。
今回の記事で、この「1日1話」がちょうど100記事になりました。
今後も長く続けていくことを「約束します」。