『スターバックス成功物語』、ハワード・シュルツ/ドリー・ジョーンズ・ヤング著、小幡照雄/大川修二訳、日経BP、1998年

以前、今とは別の業種の会社で働いていたときに、
将来的にコンサル業務の何かの足しになるかと思って買った本。
本棚の整理のために急いで読む。

原題は”Pour Your Heart into It: How Starbucks Build a Company One Cup at a Time”。
邦題は原題に比べるとちょっと品がないけど、
耳目を集めたのはこの邦題のおかげでもあるだろう。

プロローグの言葉に本書のすべてが書かれている。

ビジネスは単なるゼロサムゲームではない。
そのことを自覚できない経営者が増えている。
社員の利益を図ることは、コストが増えて利益が減ることになるのでなく、
経営者が予想もしなかったような大企業に発展するための強力な活性剤になることを自覚する必要がある。
スターバックスの社員は、仕事に誇りを持っているから簡単に転職しないのだ。
わが社の労働移動率は企業平均の半分以下なので費用を節約できるばかりか、
顧客との人間関係を深めるのにも役立っている。


しかし、もっと大きな利点がある。
自分が働いている会社が好きになり、会社の方針や目標に共感した社員は、
会社の発展のために努力するようになる。
社員が自尊心と誇りを持てば、さらに会社や家庭、社会に貢献するにちがいない。


だれもが人々の運命に介入できるわけではない。
従って、経営者の立場にある者には会社を支えるために毎日働いている人たちに対する責任がある。
それは事業を適切に推進させるだけでなく、すべての社員を守るということなのだ。

というように、
「『商品』と『客』と『社員』を大事にする」という経営方針は極めてマトモ。
商品に関しては、
それまでアメリカのコーヒー豆の主流だった「ロブスタ種」(ヨーロッパでは安物扱いされていた)でなく、
「アラビカ種」を使い始めて云々とか、
エスプレッソマシーンが云々とかの、よく知られたエピソードが述べられているが、
ぼくの印象に残ったのは、「社員を大事にする」という点。

経営に携わるようになった当初から、
Starbucksをだれもが働きたがる人気のある企業にしたいと考えてきた。
他の小売店やレストランよりも高い給与を支払い、他に抜きん出た福利厚生制度を整えることによって,
コーヒーに対するわが社の情熱を人々に伝えたいという強い意欲を持つ教育水準の高い人材を集めたかったのだ。
社員の福利厚生を充実させれば競争上優位に立てる、というのが私の自論である。サービス業でありながら、
これと正反対の考え方の企業が実に多い。下級職に対する福利厚生費用は、
ぎりぎりの線まで削るべきだと考えられている。
優れた人材を獲得し、その働きに報いる機会とはみなされていないのだ。
…個人的には社員全員をStarbucksのオーナーにしたかったが、
しばらくは先行投資(設備投資)のために赤字になることは明らかで、
少なくとも数年の間は利益を社員に分配するのは無理だった。

そこで、パートタイマーの全員にも健康保険を適用(マイケル・ムーアの『シッコ』を観たなら、
アメリカでのこの革新性を理解できるはずだ)。
さらに、全「パートナー」*1ストックオプション(beanstockと呼ばれる)を与えた。
社員のインセンティヴを高めれば自分の仕事に責任を持って臨み、
直接、客に対応するパートナーが優れていれば売上げは上がり…と、
ある意味「理想的すぎる」サイクルで事業が好転して行く様が描かれる。

他にも、企業経営や起業だけに限らない、すぐに応用できるアドバイスも参考になった。

すべての企業家に対して、次のように忠告したい。
あなたのやりたいことがはっきりしたら、同じ事をやった経験のある人物を見つけることだ。
単に経営者としての才に恵まれた人間でなく、
あなたを導いてくれる経験豊かな企業家や実業家を探さなければならない。


私は少年時代、青年時代を通じて、このような助言者には巡り会えなかった。
助言者があなたに気がつかなかったら、あなたの方からそういう助言者が見つかるまで探し続けることだ。
良き助言者の前では、弱さを曝け出すことを恐れてはならない。
知らないことは知らないと正直に言おう。
自分の弱さを認め助言を求めるとき、驚くほど大きな支えとなってもらえるのだ。

多くの若い企業が成熟に至らない原因は、
創造性の発現を支援するための組織の構造化や事業運営の確立を怠ったか、
過度の構造化で組織が官僚的になり創造性の息の根を止めてしまったのかのいずれかである。
大成功した企業では、ウォルト・ディズニー型の夢想家と、
ロイ・ディズニー型の実務家が協力して経営に当っている。

『白鯨』はぼくにとってちょっと大事な本だから、
スターバックス」の社名の由来はもちろん知ってたが、
その詳しい経緯は知らなかったので、これも勉強になった。

ゴードン・バーカーは新しい店の名前をどうするか、
創造力豊かなパートナーでアーチストのテリー・ヘクラーに相談した。
ゴードンが考えていたのは、メルヴィルの小説『白鯨』に登場する船の名前『ピークオッド(Pequod)』だ。
しかし、テリーは猛反対した。「とんでもない! Pee(おしっこ)quod(刑務所)なんて、誰が飲むものか!」


特色があって、しかも北西部に関係ある名前がいい、ということで二人の意見が一致した。
テリーは今世紀の初めにレーニア山にあった採掘場の名前を調べて、
スターボ(Starbo)という名前を選び出した。
議論を重ねた結果、スターボはスターバックスStarbucks)に変わった。
文学好きのジェラルド・ボールドウィンが、もう一度『白鯨』に関連付けたのである。
ピークオッド号の一等航海士の名前が、たまたまスターバックだったのだ。
スターバックスという名前は、大洋のロマンスと初期のコーヒー貿易商人たちの船旅を思い起こさせる。


テリーはまた海洋関係の古い本を調べて、
北欧神話を題材にした16世紀の木版画を参考にセイレン(尾が二つある人魚)の商標を考案した。
それはセイレンの周りを店の最初の名前、
Starbucks Coffee, Tea, and Spiceという文字が囲んでいる図柄だ。
胸をあらわにしたルーベンス風の初期のセイレンの絵は、コーヒーと同様に魅惑的だった。

で、こういう成功本にお約束の人生哲学も満載。

「我々は何ができるかで自己評価し、何ができたかで評価される」
(ヘンリー・ワズワース・ロングフェロー、『キャヴァナ』、1849)

「本当の人間の評価は、すべてがうまくいって満足しているときではなく、
  試練に立ち向かい、困難と戦っているときにわかる」 ―Martin Luther King Jr.

「航空力学の法則に基づいて蝶を調べると、こんなものが飛べるはずはないという結論になる。
だが当の蝶はそんなことは知らない。だから飛べるのだ」
(ビンセント・イーデスが好んで使う例)

キング牧師の言葉はぼくも好きなものだけど、
最後のビンセント・イーデスの例は、ちょっと危なっかしいんじゃないかな…。
まあ、こういった格言的なものは、
アジテートすること(自分も含めて)が目的だから細かくツッコむ必要はないのかもしれないけど。

で、Blue Noteとの提携も果たし、ブルース・ランドバルの協力により、
1995年3月、”Blue Note Blend”の発売もした。

しかし、ぼくがいまいちこの著者を信用できないのは、ケニー・Gと個人的に仲がいいこと。*2
コーヒーの味にこだわるなら、その分音楽にも同じくらいこだわってほしいと思うんだけどな。
最近はハービーとのコラボとかしてるけど。*3

ちょっと気分が落ちているとき、または目標があまりにも遠くにあるときは、
こういう成功本が大いに励ましてくれるだろう。
でも、ぼくは1年に1冊くらいで十分。
真似して自分にプラスになりそうなところだけ真似して、
あとはやる気をドーピングしてやればよい。

この本は、スタバ好きの上司にプレゼントしたのだが、
半年間、乱雑に積まれた書類の間に放置されっぱなし。
…いや、本を読むのは時間もかかるし、読む本の順番とかもあるだろうから、
すぐ読んでくれなんて言わないけどさ、せめて持ち帰ってほしいよね…。

スターバックス成功物語

スターバックス成功物語

  • 作者: ハワードシュルツ,ドリー・ジョーンズヤング,Howard Schultz,Dori Jones Yang,小幡照雄,大川修二
  • 出版社/メーカー: 日経BP
  • 発売日: 1998/04/23
  • メディア: 単行本
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*1:スターバックスでは社員をこう呼ぶ

*2:スターバックスの投資家、ハロルド・ゴーリックの甥がケニー・Gで、著者はハロルドに紹介されて仲がよくなった。

*3:“Possibilities”。ゲストも豪華。