『スイングジャーナル青春録』、中山康樹、径書房

中山康樹はぼくがもっとも敬愛する書き手の一人だ。
音楽について書く、ということについて強く氏から影響を受けた。
データ偏重に陥らず、感傷的な信仰告白にも堕さずに、
音楽そのものについて書く、ということ。
しかも読み物として充分鑑賞に耐えるレベルを維持しながらだ。


『これがビートルズだ』は以前このブログでも触れたけど、
ビートルズについて新しい聴き方を教えてくれる本で、とても刺激的な本。
1曲毎に解説してあり、データ面でも充実しているので
まさに「一家に一冊」な名作。


ジャズに関しては、代表作『マイルスを聴け!』は言うに及ばず、
『超ブルーノート入門』、『超ブルーノート入門完結編』もカッコいい。
1500番台と4000番台について一枚ずつ書かれたこの2冊は
題名通り「入門」を「超えて」いる。
中山康樹ブルーノート・レーベルへの愛情と評価が
硬派な文章により綴られており、
そのダンディズムとこのレーベルの奥深さにぼくは心奪われた。


この2冊と同じくらい忘れられないのが、『ジャズ名盤を聴け!』。
題名はもう少しなんとかならなかったのかと思うが、
エリントンからウィントンまで、
それぞれの名盤を挙げながらの分析はとにかく鋭い。
優れた批評とは、
誰もが薄々感じていることを誰にもわかりやすいように
言語化することといえるだろうが、
この本は見事にこれに成功している。

ロリンズのフレーズは大阪・ミナミの関西弁

エリントンほど尽きない泉はない。
ほかのジャズが陳腐に聞こえる時がくるからほどほどにすべし。

ジャコは結局『ジャコ・パストリアスの肖像』、
『ワード・オブ・マウス』までのミュージシャンだった。
よく、酒やドラッグに溺れなければ…という声を耳にするが、
溺れなくてもどうにもならない。
ジャコはアイデア一発の人間であり、
最晩年の演奏はもはやそのアイデアが枯渇していることを証明する。
だが…かれの「アイデア」はベースの世界において
「発明」レベルのアイデアだった。


恐らく、ぼくはこの本に何度も戻ってくることになるだろう。
一人でも多くのジャズファンに読んでもらいたい本だ。


で、『スイングジャーナル青春録』は
この中山康樹の半生記とでもいうべきもの。
大阪で音楽を聴き始めた中学生の頃から、東京に出てきて結婚し、
スイングジャーナルに入社、社長となり、
フリーライターとなるまでの人生が綴られている。


氏のファンなだけに期待していたのだが……感想は少々期待外れか。
ほめたりけなしたりしながら冷静に距離をとって
言葉を操るいつもの芸は影をひそめ、
ときに自慢げに、ときに自己弁護的に、音楽生活がやや感傷的に綴られる。
美化は意図していないと思うが、自己の客観化というか、
後の「芸としての文章術」がまだ充分発揮されていないように感じた。


もっとも、自伝というのは多かれ少なかれ
そうなってしまうものなのかもしれない。
ジャコとのエピソードやマウント・フジ・ジャズ・フェスティバルなど、
歴史的資料として興味深く読んだが、そうしたところが少し鼻についた。
その理由は会話のせいかもしれない。
冷静な地の文に比べて、会話があまりにも無防備。
「地の文の巧みさ」と「会話の言葉の単純さ」のギャップが気になった。


だが、このことはファンとして楽しめたし、
なによりある意味では勇気付けられた。
つまり、中山康樹ほどの人も、はじめから文章が上手かったわけではない、
ということ。
やはり、人は数を重ねることで上手くなっていくものなのだ。
「自伝の難しさ」も含め、嫌味な意味でなくて勉強になった本。

スイングジャーナル青春録 大阪編

スイングジャーナル青春録 大阪編

スイングジャーナル青春録 東京編

スイングジャーナル青春録 東京編

これがビートルズだ (講談社現代新書)

これがビートルズだ (講談社現代新書)

マイルスを聴け!〈Version6〉 (双葉文庫)

マイルスを聴け!〈Version6〉 (双葉文庫)

ジャズ名盤を聴け! (双葉文庫)

ジャズ名盤を聴け! (双葉文庫)