『ヒッチコック』、筈見有弘、講談社現代新書、昭和61年

北北西に進路を取れ』がよくできたコメディだ、と言ったのは三谷幸喜
だが、もちろん普通はヒッチコックといえばサスペンスの巨匠であり、
この本もサスペンス作家としてのヒッチコックを紹介している。
一方で、ジジェクの著作に明らかなように、
ヒッチコックの映画は精神分析学の格好の分析対象なのだが、
それはまたの機会にとっておこう。


全体の感想としては、読みやすいヒッチコックの入門書。
もう少し「コア」な話も読みたかった。
面白かったところを引いておく。

ヒッチコックは、現役時代は意外と評価されていない。
アカデミー賞もノミネートどまり。
というのも、
「芸術家(artist)」と「職人(artisan)」という対立において
ヒッチコックは評価の低い後者に分類されていたから。


1950年代後半からエリック・ロメールクロード・シャブロル
ヌーヴェル・ヴァーグに再発見され、
ヒッチコックは偉大なる映画作家として認められることになる。
もちろん、最大の理解者はトリュフォー

少年期の体験

「五歳の時のことだったが、
父から田舎町の警察の署長に書きつけを持って行くように言われた。
 署長はその小さな紙片に目を通すと、
 私を連れて長い廊下を歩いて行き、
 留置場にいれて錠をかけてしまったんだ。
 五分間経つと出してくれたが、その後で署長は、
 悪さをするとこうなるんだぞと言っておどかすんだ」

その時の体験がもとになって警官恐怖症になり、
交通違反で警官に咎められるのを恐れて自分で運転せず、
妻や娘に運転を任せるほど。
無実の男が罪に問われ、警察に追われるという主題が多いのもこのため。

マクガフィン
冒険小説や活劇の用語で、密書とか重要書類を盗み出すこと。
物語の人物たちには確かに命と同じように大事なものだろうが、
ほかの人物には何の意味もないもの。
サスペンスの演出として緊張感を高めるもの
語源としては、スコットランド人の名前らしい。

生前は「サスペンス職人」としてあまり評価されていなかった、
というのが面白い。


また、ヒッチコックは1899年生まれ、
イギリスにあって厳格なカトリックの家庭に育ったらしい。
映画に限らず、古典を同時代的に体験できない世代にとって、
必要な情報とはこういうものではないだろうか。
確かに、ぼくらは黄金時代を体験できなかったかもしれない。
しかし、遅れてきた世代には遅れてきた世代の観方があるのだ。


最後に、繰り返し書くことになるが、
昔の講談社現代新書のカバーはいいなあ…。
新しくなったカバーのデザインは最悪だ。
これは改良ではなくて改悪です。

ヒッチコック (講談社現代新書)

ヒッチコック (講談社現代新書)