『エビと日本人』、村井吉敬、岩波新書

最近続編が出た、堅実で硬派な社会学的な研究。
読書のメモ書きを挙げておく。


まずは現状分析や食生活の歴史から。

エビは東南アジアのマングローブ林にかなり人工的に手を加えることで養殖する。
また、卵をたくさん産ませるために眼杯を切除することもする。

エビは、平安時代には祝いの席で公家がまれに食す、程度だった。
江戸時代に寿司が流行って食べられるようになった。

近畿がダントツで消費量が多いが、これは瀬戸内海がエビの生産地であるためらしい。

そして、エビ産業についての包括的な分析。

…商社や水産会社がエビ買い付けに狂奔したのはなぜか。
単価が高く、儲かるというのが第一の理由。
…第二に、冷凍エビは規格化されない扱いやすい商品であるため、
とりわけ専門性を持たない商社でも新規参入が容易だった。
…さらに、商社独自の計算として、日本の工業製品を売り込むための見返りとして、
エビを買い付ける必要性があったと思われる。
外貨不足に悩む第三世界で、エビは大量に獲れる。エビで外貨稼ぎをさせて、工業製品を売るのである。
商社にとっては、往復商売になる。

エビ輸入の増加の背景には、
官民一体となって進められたコールドチェーン(低温流通体系)の整備がある。
…冷凍食品の普及はかなり意図的、綿密に業者と政府とが一体になって推進したと思われる。
アメリカのスーパーマーケットと冷凍食普及というモデルがあったのだろう。
コールドチェーンは、生産地で冷凍加工した食品を、
そのまま最終消費者まで運び、消費させるシステムである。
過程の冷凍冷蔵庫が最末端に位置するわけだ。
1965年に、科学技術庁資源調査会が
『食生活の体系的改善に資する食料流通体系の近代化に関する勧告』と題する勧告を出した。
これは「コールドチェーン勧告」と呼ばれ、以後、このことばが次第に定着してゆく。


日本人の食生活は、欧米に比べて、ミネラル・ビタミン・良質タンパク質が足りない。
塩辛いもの(塩蔵・塩干品)ばかり食べるので、ガンや脳卒中も多い。
もっと高品位保全食品、とりわけ冷凍食品を食べることが「近代化」なのだ、とこの勧告はいう。
…官庁が音頭をとって国民の食の「近代化」を推進するというのもおかしな話だが、
おそらく、背後には商社、水産会社、食品会社、大手スーパー、
さらには冷凍冷蔵庫を売りたい電機メーカーがいたのだろう。
コールドチェーン化は、塩辛いものを食べない方がいいといった親切心よりも、
産業界からの要請に政府が乗ったとみた方が実態に近いのではないだろうか。

第三世界で生産されるエビを消費しても、
地元の生産者は十分な利益を受け取れないことを踏まえて)
輸入エビは食べ過ぎではなかろうか? 
エビを追いかけ、アジア・第三世界の人びととの出会いの中で、
私たちは“飽食”を実感せざるをえなかった。

で、本書のまとめ。

私たちがエビを大量に輸入し、食べることは、アジア・第三世界の人びとに、
どのような影響を及ぼしているのか、それが私たちの主要な関心事であった。


1. 
私たちがエビを大量に第三世界から買うことは、
第三世界の経済にどのような影響を与えているのか
 → 個別の問題からいうと、雇用創出への貢献(冷凍工場や流通業)や外貨獲得に貢献している。 
   ただし、分配は均等ではない。
2.
食料・資源・エコロジーの問題。
 → 美味しい大型のエビは、第三世界の人々の口に入りにくくなった。
 → 同時に、トロール漁で混獲される「くず魚」は、大抵の場合、海に捨てられているので、
   この面で資源の無駄を招いている。
 → マングローブ林の破壊、地下水の枯渇という深刻なエコロジー問題を引き起こしている。

一つの事象を多角的に考察することによって、立体的に浮かび上がる構造。
フィールドワーク的な社会学の興奮を味わった。

エビと日本人 (岩波新書)

エビと日本人 (岩波新書)