「牛の首」(『けだものと私』より)、四方田犬彦、淡交社、2000年

敬愛する四方田犬彦の随筆集より、
面白いものがあったので引いておく。

世の中には名前だけは残っているが、それが実際になんであるか、
よくわからないものというのが往々にして存在している。


たとえば「牛の首」という怪談。
これは江戸時代の随筆集などを見ると、
確かに実在したらしいのだが、
あまりの恐ろしさに誰もあえて書き記そうとはせず、
それどころか口にしようともしなかったために、
現在では題名を残して誰も知らないということになってしまった。


私は昔、なんとかその話を知りたいと思い、
調べてみたことがあったが、やはり駄目だった。
さらに、戦争が近くなると
かならず日本のどこかに牛の首をした女の子が誕生して、
予言を口にしたあとですぐに死んでしまうという話は
いたるところに存在していて、
これを「件」(くだん)という。
ニンベンに牛から来た命名だろう。
件の話は有名で、社会学の研究書も刊行された。


「牛の首」の話がそれと関係あるのか、ぜひ知りたいところなのだが、
本体が消滅している以上、確認しようがない。
ただひとついえるのは、
それが恐ろしく怖い話に違いなかったということだ。

「牛の首」とはどのような話なのか?
四方田氏のいうように、もはや現存しない話なのだろうか?
気になる話なのでここに記しておくことにする。


けだものと私

けだものと私