『言葉の常備薬』、呉智英、双葉社、二〇〇四年

批評家、呉智英の雑誌連載エッセイ。
いつもながら、日本語の誤用を指摘し、
時には論語まで遡って披露するetymology(語源学)は非常に勉強になる。
呉智英の評価すべきところは、限られたスペースでその知識を達意の文で綴り、
そして娯楽の読み物に仕上げているところだ。
もちろん、中野豪のイラストもこれに大事な役割を果たしている。


呉の書くエッセイはとても好きなのだけれど……
本書は勉強になった、で終わってしまった。
退屈はしないし、勉強にはなったけど、
『封建主義者かく語りき』や、
『大衆食堂の人々』のような破壊力はないように思う。
次作にも期待。


斎藤孝は読んだことないからなんともいえないけど、
日本語の話なら呉智英だって充分面白いと思う。


以下、いくつか面白かったものを引いておく。

中国料理店で「福」が逆さまになっている理由。
→ 福が「倒≒到」で到るから。

「まゆつば」→「眉に唾をつける」
→ 狐が人間を騙すとき、人間の眉毛の本数を数えることに由来する。
眉毛に唾をつけて狐に数を数えられないようにする。
∵ 妖異のものは文字と計数に弱い。
  文字も計数も、人間の文明の力の象徴だから。
  魔除けの札に文字が書かれるのはそのためだ。
  数が多いものも魔除けに使われる。
  ザルやワラジのように目の多いものを門口に置いたり、
  神社に奉納するのはこのため。
  節分の豆まきも、豆の生命力と共に、
  撒き散らされる数の多さにも霊力があるようだ。
  数を数えている内に朝になり、退散しなければならなくなる。
  (西洋にも同じ風習がある)

「へそ」は女性器の異称として洋の東西を問わず使われた
 (南方熊楠『臍くらべ』)
 cf. 「へその下」。「なるほど」→「なるほと(女陰)」→「なるへそ」
「お前の母ちゃんデベソ」 ≒ 「お前の母ちゃんの性器は大きい」
朝鮮や中国では、極めて汚い罵り言葉として、
「お前の母親を犯してやる」と言う。
母親と性交できるのは父親であるが、その父親の地位を奪い、
俺がお前の父親の立場になってやる、お前は俺の子分だぞ、という意味。


言葉の常備薬

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