『五分後の世界』、村上龍、幻冬舎文庫、H9年,『ヒュウガ・ウイルス 五分後の世界II』, H10年

五分後の世界』にはやられた。
正直なところ、村上龍は好きな作家じゃないし、
それは今でも変わらないけど、
五分後の世界』はおもしろかった。
おそらく色々なところで述べられていると思うが、
その優れたところは戦闘場面と人物観察の描写。
あと、一種の麻薬である「向現」といったネーミングのセンスとかも絶妙。
文字通り、これはあっという間に読んじゃったな。
これに比べると、
『ヒュウガ・ウイルス』は前作の世界観があったからこその作品、
という感じがするけど、
いたずらに前作のキャラクターを登場させて読者に媚びずに、
この世界観の補強に成功しているのは評価すべきだろう。
はっきりいって描写はどこも素晴らしいんだけど、
物語冒頭の、ぼくが惹きこまれたところを引いておこう。

…小田桐は耳を澄ました。
クラシックの演奏がこれほどの力を持っているとは
今まで気付かなかった。
別にその当時同棲していた女を思い出したわけではないのに、
息苦しいほどのなまめかしさを感じた。
単調で規則的な行進、腹に響く地響き、火薬の匂い、
無機的な調査、そしてこの地面が剥き出しの部屋、
すべてが殺伐としていた中で突然聞こえてきたピアノは、
まるで、半年間留置所にいて出所した後、
シルクのシーツのベッドの上で裸で手招きする女のようなものだった。
音の一粒一粒が毛穴や感染から染み入ってきて、
寒さや疲労や緊張をほぐしていき、
小田桐は必死に涙をこらえているのに気付いた。
それがドビュッシーのせいなのか、
演奏者のせいなのかわからないが、音楽にそんな官能的な、
いつでもやらせてくれるきれいな女のような力があるのだと
小田桐は知らなかった。

五分後の世界 (幻冬舎文庫)

五分後の世界 (幻冬舎文庫)

ヒュウガ・ウイルス―五分後の世界 2 (幻冬舎文庫)

ヒュウガ・ウイルス―五分後の世界 2 (幻冬舎文庫)