『END OF A RAINBOW』、Pati Austin、1976年

ごく稀に、自分はこの音楽と出合うために生まれてきたんじゃないか――
そう思う音楽に出合うことがある。
このアルバムの1曲目、「Say You Love Me」はぼくにとってのそんな曲だ。


今日は少し感傷的な話をしよう。
今から数年前、よくある話で失意のどん底にいたぼくは、
言葉通りの最低の日々を送っていた。


色々なものから逃げ出し、
昼は地元の図書館、夜はファミレスに閉じこもって論文の準備をしていた。
こう書くとストイックな生活に響くが、決してそんなことはない。
論文の準備といってもただドイツ語を読んでいただけだし、
この時期は人生の中でもっとも頭が働いていなかった時期で、
何かをしていなければおかしくなりそうだった。
つまり、単に逃避をしていただけなのだ。


そんなとき、ぼくはこの曲に出合った。
いまでもよく覚えている。
昼に店を開けたたばかりのファミレスの店内には
ぼくの他に客は誰もおらず、
眩しい日差しの中、パートのお姉さんが忙しく今日一日の準備をしていた。


そのとき店内に流れてきた女性ヴォーカルの声が、
ぼくの身体のすみずみに染み込むのを感じた。
そして身体に染み込んだ歌声は、
徐々にぼくの心も変質させていった。
その曲というのがこの「Say You Love Me」。
限りなく繊細でありながら、
確かなグルーヴを感じさせるバンドの演奏と相まって、
パティ・オースティンの歌声がぼくを包み込む。


失ったものは二度と手に入らない。
だからといって、その事実を乗り越えることを後押しするでなく、
元気を出せと励ますでもなく、
その気持ちわかるわ、とただ黙って傍にいてくれる優しさ。
ぼくはこの曲からそんな優しさをもらった。


絵画は空間を切り取る芸術で、音楽は時間を切り取る芸術だ、といわれる。
音楽を聴くと、その音楽をよく聴いていた当時のことを思い出すのは
それと関係しているのかもしれない。


エンド・オブ・ア・レインボー

エンド・オブ・ア・レインボー