『サムライチャンプルー』、渡辺信一郎

COWBOY BEBOP』、『アニマトリックス』の渡辺信一郎監督の
HIP HOP時代劇アニメ。
舞台は江戸時代、ブレイクダンスで人を斬り、
演出はHIP HOP……。


コンセプトを耳にしたときは、その企画自体に疑問を感じたが、
その心配は杞憂だった。
というのも、この作品は渡辺信一郎の美学が貫かれていたからだ。
紋切り型のプロットとキャラクターを使いながら*1
音楽を重視する、いや時に音楽を際立たせるためとも思える演出。
本作品は、ヒップホップを土台として充分にこの演出が行われている。 


文化的にみると、ヒップホップを特徴付けるのは
ブレイクダンス」、「ラップ」、「グラフィティ」らしいが、
これらはそれぞれ「ムゲンのアクション」、
狂言回しとして挟み込まれる台詞」、「各話タイトル」に活かされている。
何といっても素晴らしいのは、
単調なリズムに乗せて話を進めるざっくりとした演出だ。
ヒップホップの音楽としての魅力は、粗雑で単調なビートにある。
しかし、ビートの単調は、演出の単調に加担せずに、
プロットに多少の無理があっても物語を進めていく推進力として機能している。 *2
音楽の担当はシャカゾンビのtsuchie, fat Johnなど。


(以下、はてなキーワードより;
 TSUTCHIE(シャカゾンビのDJ)
 FAT JON(Five Deezなどで活躍するトラックメイカー)
 NUJABESHYDE OUT PRODUCTIONSを主催するトラックメイカー)
 FORCE OF NATURE
  (四街道ネイチャーのトラックメイカーのKZA&DJ KENT)
 shing02(オープニングテーマ担当,Nujabesプロデュース)
 MINMI(エンディングテーマ担当,Nujabesプロデュース)
 AFRA(ヒューマンビートボクサー) )

菅野よう子が担当でないことは残念だったが*3
これらのDJのつくるトラックは予想以上にいい出来だ(当たり前か)。
しかし、面白いことに、これらのトラックはサントラとして
音楽だけ聴くと単調で面白くない。
やはり使い方が上手いということなのだろう。


以下、面白かった話数。

#11の「温故知新(The Disorder Diaries)」は、
TVシリーズアニメによくある、シリーズ途中の総集編だ。
始まったときには、渡辺信一郎までこんなことを…と思ってがっかりしたが、
注意して観ていると、随所に工夫がなされている。
絵は一度使われたものだが、
それに以前に使われたのとは別の台詞があてられていたり*4
新しいシーンが追加されていたり、と、単純な総集編に終わっていない。
恐らく、これは音楽のサンプリングにあたる演出を
アニメで行おうとしたのだろう。
これはまずまず成功しているようにみえる。
しかし、この程度の「サンプリング」なら、
既に行われていたことではないだろうか。
ヒップホップ的な演出を標榜する以上、より高次元の作品を期待していた。
例えば、「映像の二枚使い」のような……。


脱線するが、この「映像の使いまわし」についてだが、
今敏は『妄想代理人』のDVDに収録されている特典映像のインタビューで、
東京ゴッドファーザーズ』で使われた煙などの背景を流用して、
再び『妄想代理人』にも使用した、と語っていた(作品は逆だったか?)。
本人はそれを
「これこそサンプリングだ、
 音楽で使われている技法を映像でも取り入れていくべきだ」
などと誇らしげに話していたが、
これは単なる「使いまわし」なだけなのではないだろうか?
今敏は「サンプリング」の意味を取り違えているように思われる。


そして、#12の「堕落天使」は、
COWBOY BEBOP』の「ガニメデ慕情」のような男と女の演歌の世界。
あまりに「浪花節」なので、制作者側もそれを意識して
半ば冗談交じりに作っていたふしのある「ガニメデ慕情」とは異なり、
「堕落天使」は抑制の美学が貫かれている。*5
いまのところ、『サムライチャンプルー』の中で一番好きな話だ。


だが、なんといっても圧倒的なのは、
#13, #14の「暗夜行路(Misguided Misdealers)」だ。
ムゲンの過去の因縁の話だが、
2話連続のこの話は、演出・音楽ともにパーフェクト。
静と動、緩と急、愛と憎しみ。
音楽による二者の対比が素晴らしい。
ムゲンが生死をさまようシーンは
これら二者の対立が宙吊りにされているのであり、
ここで用いられている民族音楽的な音楽によってその雰囲気が高められている。
*6
他にも、ムゲンが復讐に向かうときの音楽など、
渡辺信一郎は実に音楽の使い方が上手い。


ただ、不満がないわけではない。

まず、時代考証
これについては、制作側が端から放棄しているのだから、
細かい点を挙げても仕方がないのかもしれない。
しかし、全く考慮しない、というのはどうだろうか。
このままでは、江戸時代という設定は
「チャンバラがやりたいための安直な利用にすぎない」
という批判はかわせないだろう。
海外への影響も考えないわけには行かない。
なにしろ渡辺信一郎は世界的な監督なのだから。


次に、少数民族の描かれ方。
例えば、ムゲンは琉球の出身という設定のようだ。
ムゲンの刀が日本刀でなく西洋風のものであるのもその現れなのだろうが、
さらにムゲンが型破りな殺陣アクションで奔放に
ブレイクダンスしながら!)人を斬ることも、
琉球出身だから」で済まされてしまっているように思われる。
これは少々安易な考えではないだろうか?

……と思ったら、先の「暗夜行路」ではムゲンの出身地が
流刑地として使われ、苛酷な地であったことがほのめかされていた。
また、はっきりとは明かされないものの、
北方の民族であるように描かれている「オクル」
というキャラクターが登場する話では、
北方の民族は幕府に軽んじられていたことが示されている。
あくまで暗示やほのめかしの域を出ないものの、
一応の配慮はされているようだ。
渡辺信一郎は、恐らく思想性は薄い作家のように思われるので
(そしてそれはこの作家の優れている点と無関係ではないだろう)、
江戸時代の政治的な諸問題にどれほど意識的であるかは疑問だが、
この点については残りの話を観て判断することにしたい。


  

*1:ムゲンにはスパイク、ジンにはジェット、おふうにはフェイを……重ね合わせないほうが難しいだろう。

*2:即物的な面では、VJがよくやるような「映像のスクラッチ」も随所に盛り込まれている。

*3:ちょうどこの頃は『攻殻機動隊S.A.C.』の担当だったのだろう。

*4:録り直したのか?

*5:ビバップを観て、浪花節とハードボイルドの世界が非常に近いものであることを知った。面白いものだ。

*6:この曲、サントラに入れてほしい。