第二次世界大戦前夜の世界を舞台に、亡命と難民を主題とする映画。
アメリカに亡命したオペラ歌手の父親を持ち、
その資質を受け継ぎながらヨーロッパ各地を転々としながら、
幼い頃の父の子守唄を胸に父親を探す、主人公のロシア出身のユダヤ人の少女(スージー)をクリスティーナ・リッチが演じる。
端的にいって、この映画からはひどく散漫な印象を受けた。
スージーはロシア〜パリ〜ロンドン〜アメリカを移動し、
さらに映画の中で彼女は幼い少女から一人の女性にまで成長する。
これを97分で表現するのだから、土台、説明不足になるのは仕方のないところだ。
母親の死、行く先々での出来事などを一つ一つ説明していたら、
それこそ会話だらけの映画になってしまうだろう。
そこで、サリー・ポッターの採用した戦略は「映像で語ること」だった。
ナレーションや会話など、言葉によって物語を展開させるのではなく、
その出来事の意味や人間関係などを映像で表現すること。
確かに、これこそが映画という分野の持つ独自性であり、
成功すれば高く評価されるべきであろう。
しかし、これは成功しているとは言い難い。
話として、どうしても映像で表現するのには壮大すぎて無理があるのではないだろうか。
シーンからシーンへの展開が少々唐突な気がした。
この映画で驚いたのは、キャストの豪華さである。
クリスティーナ・リッチのほか、
その友人で上昇志向の強いスノッブなロシア女性(ローラ)をケイト・ブランシェット、
ローラがその恋の標的とするオペラ歌手がジョン・タトゥーロ(ダンテ)、
スージーの恋人の寡黙なジプシーの青年がジョニー・デップ(チェーザー)、
このオペラ一座の座長がハリー・ディーン・スタントンである。
スターにはスターであることのそれなりの理由があり、
歴史大作を演じるのにその演技力が必要とされる……という論理はわかるが、
それにしても豪華すぎやしないか。
その完成度に比して興行的・芸術的に大きい評価を受けたのは、
こういうスターの名前による所が大きかったのではないだろうか。
もちろん、映画の喜びには「純粋に俳優の演技を楽しむ」ということも含まれているため、
決して否定はしないが、作品全体の完成度が低いのにスターが出演している
というだけでヒットしてしまう風潮に私は少々嫌気がさしている。
また、いまひとつ惹かれなかった理由に、
この映画のもう一つのテーマである「迫害」の問題が私自身ピンとこなかったこともあるのだろう。
即ち、「ユダヤ人」と「ジプシー」である。
前者のユダヤ人はなじみが深いものだ。
中世以降ドイツから東欧に移住し、特にナチスのホロコーストの犠牲になった一派を「アシュケナージ(アシュケナジム, Ashkenazim)」といい、
中世以降スペインから北アフリカなどに移住した一派を「セファルディ(セファルディム, Sephardim)」という。
スージーはアシュケナージだ。
後者のジプシーについて記しておこう。
インド北西部が発祥の地といわれ、6~7世紀から移動し始めて、
今日ではヨーロッパ諸国・西アジア・北アフリカ・アメリカ合衆国に
広く分布する民族。言語はインド−イラン語系のロマニ語を主体とする。
移動生活を続けるジプシーは、動物の曲芸・占い術・手工芸品制作・
音楽などの独特な伝統を維持する。ロマ。
以上は『広辞苑』より。
以下はその他の資料。
・その名の由来はエジプシャン――「エジプト人」がなまったもの。
インド出身の彼らは、中世にヨーロッパ中を自由に歩くため、
教皇からもらったという偽の通行手形を持って、
自分達を聖地からきた巡礼と偽ったが、
そのとき自分達をエジプト人だと称したため。・ヒトラー政権下、ジプシーに対する待遇は悪いものではなかった。
ジプシーの祖先は4500年前、インダス文明を築いたドラビダ人であり、
アーリア人至上主義を目指すナチスにとっては尊敬すべき最古の種族だった。
ヒトラーは、ジプシーの神秘的能力を信じていたが、
1933年にジプシーの占い師がヒトラーの没落を予言すると、
彼はユダヤ人同様ジプシーの殲滅を命じた。
これは拳銃自殺の直前にも繰り返されていたという。
実際、ジプシーは50万人虐殺されている。・ドイツが東西に分かれていたときにも、国連から通行証を
もらって行き来を許されていた。
勉強になった。
私がこの映画をいまひとつ楽しめなかったのは、以上のことを知らなかったせいかもしれない。
実は、この知識は『MASTER KEATON』5巻より。
この中で3話にわたって展開される、大戦中のジプシー問題をベースに、
ハーメルンの笛吹きの実在性と、南米征服と天然痘を絡めたエピソードは死ぬほど面白い!
映画よりもこっちの方が面白いなぁ…。
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