『THE GIGOLO』, Lee Morgan, 1968, Blue Note 84212

(録音:1965, Lee Morgan(tp), Wayne Shorter(ts),
Harold Mabern Jr.(p),Bob Cranshaw(b),
Billy Higgins(ds))

誤解を恐れずに言うならば、ハードバップは形式美の音楽である。


特にそのアドリブ・ソロは、新しいフレーズを産み出したり、
繊細な和音を探求するというよりも、
そのコード進行に合ったバップフレーズを組み合わせて構成される。
この組み合わせこそがバップの肝であり、
この音楽は、菊地成孔の指摘にあるように、
「音を記号的に扱うことによって全ての音楽を説明できる」という
バークリー・メソッドと強い親和性をもつ。


パーカー、ガレスピーによって拓かれた「ビバップ」は、
50年代に「より洗練された」バップ、「ハードバップ」としてとりあえず完成する。
今でも、世間一般に「ジャズ」と聞いて連想するのはこの時代の音楽であり、
50年代にはジャズの名盤―
ブルーノートの1500番台、4000番台はその代表例であるが―
―が多いのも事実である。


だが、完成に達するということは衰退の始まりでもある。
形式美を極めてしまったハードバップ
(それは一連のブラウン=ローチ・クインテット
 最もはっきりと体現されていると言えるであろう)は、
その後,新しい局面を迎えることなく衰えていく。
以後、ジャズの流れはモード、フリー、
そしていまでいうところの「レア・グルーヴ」へと主流が移っていくことに
なるわけであるが、
このアルバムは、モード突入直前における「ハードバップ的なもの」の
爆発の痕跡といえるだろう 。


近年、DJ達によってそのイントロが利用されることになる、
M-1(”Yes I can, No you can’t”)は、
当時のブルーノートの不文律―

―4ビートの他に、1曲だけヒットしそうな
 ソウル又はファンク調の曲を入れておくこと―

―に則ったものであり、このアルバムを親しみやすくしている。


だが、このアルバムに人気をもたらしたのは、
何といってもM-3の ”Speedball” だろう。
軽快な4ビート・バップ・チューンで、曲の構成などに目新しさないのだが、
リー・モーガンとショーターのソロが素晴らしい。
この曲では、良質のハード・バップに共通する、
「来てほしいフレーズが来てほしいときにやってくる」という
バップの快感を味わうことができる。


白眉なのは、アルバムタイトル曲であるM-4の”The Gigolo” だ。
伝説のコルトレーン・カルテットの ”Afro Blue” を連想させる
3拍子のマイナーの曲だが、マッコイのような4度和音のバッキングを背景に、
モーガンはこの曲でショーターよりも一足早く宇宙とつながる。


モーガンは典型的なバップフレーズを組み合わせてソロを構成するが、
この曲ではその手法を踏襲しながらも、
しかし驚異的な創造性によりフレーズを枯渇させることなく
ソロパートを吹ききってしまう。
しゃくりあげるようなトリルや、ハーフ・バルブ、
あざといハイ・ノートの使用などはモーガンのソロの常套句だが、
それに頼らずに11分近いこの曲を制圧してしまう力には降参するしかない。
よほどクスリがキマッていたのだろうか。

ピアノのグリッサンドの多用がカッコ悪かったり
(ただでさえ「鍵盤滑らし」はセンスがいるのに)、
ショーターのソロはいまひとつだが
モーガンが先に宇宙に到達してしまったからか?)、
この曲はモーガンを聴くためにある。

しかし、何でこの曲のタイトルが「ジゴロ」なのだろうか?
タイトルと曲想が全く合っていないように思われるのだが……。


最後に、ショーターの不調の理由について。

本アルバムの録音年月日は、1965年6月25日と7月1日であり、
これはちょうど『E.S.P.』と『MILES SMILES』の間にあたる。
ショーターが黄金のマイルス・クインテットに加入して、
『MILES IN BERLIN』からちょうど一年間の時期だ。
マイルスの諸作品で抜群の「足跡」を残している時期だというのに、
なぜこの『The Gigolo』ではショーター節が発揮されていないのか、
素朴な疑問を抱く。


しかし、これは不思議なことではない。

このアルバムにおけるショーターの不調(は言い過ぎか)は、
当時のショーターがいかにハードバップから離れているか、を反映している。

5曲中4曲がモーガンの作曲であり、もはや当時のショーター、
即ちジャズの新たな局面に足を踏み出しつつあるショーターにとっては
物足りなかったのではないだろうか。


『E.S.P.』のサウンドに触れた人間にとっては、
このアルバムからハードバップの形式美を感じることはあっても、
進取の気を感じることは出来なかったのだろう。
このアルバムが実際に発売されたのが1968年と、当時ではいわゆる「未発表盤」だったのも、このことに関してアルフレッド・ライオンによる何らかの判断が下されたのかもしれない。

そうはいっても、やはりこのアルバムのイキオイは評価すべきだ。
「サル顔」リー・モーガンの、ブロウしてる横顔のジャケットもカッコいい。   
 

Gigolo

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