『エレファント』、2003年、アメリカ、ガス・ヴァン・サント監督

美しい映画である。


内容は、1999年に起きたコロンバイン高校の銃乱射事件を題材として、
その事件当日をフィクションとして再現したものであり、
極めて社会的なフィルムであるが、同時に、美しいフィルムでもある。
まず、そのことを述べておきたい。


ガス・ヴァン・サントは、ポートランド出身で、
『マイ・プライベート・アイダホ』『誘う女』『グッドウィル・ハンティング』
小説家を見つけたら(Finding Forrester、2000年)』
などを撮っており、本作でカンヌ史上初、パルムドールと監督賞をW受賞している。


題名は、アイルランドの民族対立を扱った、1989年のアラン・クラークの映画に由来する。
その映画では、特定の政治的立場に偏ることなく、この政治的な対立を強く問題提起してあったようで、「コロバイン高校の事件を映画に撮るなら、そのようなスタンスならばよい」と許可をもらったそうだ。
ガス・ヴァン・サントもこの映画に共感し、そのため、本作の題名に採用した。


大部分の台詞は即興で作られ、音楽も使われず、カメラも手持ちで撮られているようだ。
一箇所だけベートーベンの「エリーゼのために」(「ゆううつ」ではない)が効果的に使われている。
恐らく社会的な文脈で本作は語られるだろうが、監督の社会的なスタンスはもちろん充分評価しながら、私としてはその美的なところを評価しておきたい。カンヌでの評価も、社会的な面で監督賞、美的な面でパルムドールを受けた、とするのは深読みか。


銃乱射の動機は不明のままフィルムは終わる。想像できるディレクションはあるのだが、観客にはっきりと提示しようとはしない。同じコロンバイン高校の銃乱射事件を扱った、マイケル・ムーアの『ボウリング・フォー・コロンバイン』とは正反対の姿勢といえるだろう。


実際に起きた銃乱射事件について、なんらかの意見、解釈を提示しない
このフィルムの姿勢に批判があるかもしれないが、
「動機は不明」として提示することも一つの見解を示しているのではないか。


もしもこの映画に対して批判があるとすれば、それは明確な主張がなされていないということよりも、美しすぎるということにあるのではないか。
フィルムの美しさは関心を惹き、事件に注目させるかもしれないが、
事件を考察することからは遠ざけかねない。
いや、それは考えすぎか……。


『ジェリー』も観たが、時間のないときに観たせいもあり、自分の中でよく消化できていない。
ただ、実際の事件を美的に撮る、というスタンスは『エレファント』に通底しているようにも思える。


それにしても、この監督の『小説家を見つけたら』はすごかった……。
映画自体は凡庸で、特に述べることはないが、音楽のハル・ウィルナーがすごい。
『イン・ア・サイレント・ウェイ』以降のマイルスとオーネットの音楽でで映画のサントラを作ろうと思う人間が他にいるだろうか? 
そしてそれが成功しているところが恐ろしい…。

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