『これがビートルズだ』、中山康樹、講談社現代新書

おおげさでなく、「一家に一冊」の本である。
 
この本は、なんとビートルズの全213曲について、
誰がvo.をとっているか、そしてその曲の成立事情などを絡めて解説がしてある。
『超ビートルズ入門』が「総論」又は「通史」であるとするなら、
この本は「各論」であり、興味深い細部について述べられている。

…ポールの天才は、ポール以外の人間に書けるはずがない曲でも
「自分にも書けるかも」と思わせてしまうところにある。
しかし絶対にポールにしか書けない。…

…自分が歌えば、どんな曲も「ジョンの曲」となる。
ジョンの声はそれほど強力だ。
同時にそのことを知っていたジョンは、
やがて自分の声に頼りきった曲を書くことが多くなる。
要は曲が弱くてもヴォーカルでなんとかできるという過信だ。
その傾向はビートルズ後期から目立ち、ソロになってからは目に余るものとなる。

ビートルズがバンドとして幸福だったのは、
初期においてはジョンの才能がバンドを牽引し、
中期から後期にジョンの才能が枯渇していくにつれ、
ポールの才能が爆発するところにある。…

…想像するに、ジョージの作詞作曲家としての成長を遅らせたのは、
皮肉なことにシタールとの出会いではないか。
事実シタールはなんの栄養にもならず、
やがてジョージが書く傑作は「シタールのシ」の字もない
「ちゃんとした曲」になる。…

…ジョンとポールはもちろん天才だが、ジョージもある意味で天才だ。
エリック・クラプトンの家の庭で日向ぼっこをしているときに
"Here Comes The Sun" を書いたという。
日向ぼっこをしながら世紀の名曲だ。天才というしかない。
余談だが、そのとき手にしていたのはクラプトンのギターだったろう。
だが先を急げば、これほどの名曲を書きながら
ジョージは自らこの曲に泥を塗っている。
"Here Comes The Moon" (ソロ・アルバム『慈愛の輝き』収録)
などという曲は書くべきでなかった。…

ビートルズは伝統的な職業作家としての側面を持っており、
"All You Need Is Love"もそうして生まれた曲のひとつだ。
つまり、「人類愛」などという気恥ずかしくなるような、
しかも非ビートルズ的なテーマはどう考えても自然ではない。
史上初の衛星中継『アワ・ワールド』という番組に
ふさわしい曲を書いてほしいと依頼されて生まれた曲にすぎない。
要は発注と受注の関係。
ゆえにその後のジョンを「愛と平和の使者」に祭り上げる風潮は
片腹痛いわけだが、ここで思い出してほしい、
ジョンはその番組でガムを噛みながらこの曲を歌っていたのだ。
それはジョンのメッセージ、
つまりは「”愛こそはすべて”なんて嘘っぱちさ」ではなかったか。…

ビートルズの音楽はもちろん以前から聴いていたが、
ここで書かれていることには深く頷くばかりだ。


頭の中に漠然とあった思いが、中山康樹の文章によって言語化された、
とでもいうべきか。


ビートルズマニア的なミニマルな知識に溺れず、
音楽を聴く上で必要な情報を使い、
溢れんばかりのビートルズへの愛情を剥き出しにしながらも、
読み物としての面白さは損なわれていない
(というか、声を出して笑ってしまうほど面白い箇所がいくつもある!)。


見事である。


これが新書で読めることを嬉しく思う。
繰り返すが、音楽を愛する人々にとって、「一家に一冊」の本である。

これがビートルズだ (講談社現代新書)

これがビートルズだ (講談社現代新書)