『The Fantastic Plastic Machine』, Fantastic Plastic Machine, 1997年、日本コロンビア(*********record)

The Fantastic Plastic Machine

The Fantastic Plastic Machine



Fantastic Plastic Machine(以下FPM)こと、
DJ田中知之の記念すべき1stアルバム。


以後のFPMの活躍を感じさせる完成度の高さである。


例えば、ボサのリズムで始まるTr.3の「Steppin’ Out」。
ボサの上に鼻歌のようなボイパのスキャットドラムンベースが乗り、
まったりとした雰囲気のまま、いつしか音数の多いサンバに。
そしてエンディングはブレイク・ビーツになっている、という構成だ。


「2STEPやボサノヴァは全く違う音楽に聞こえるが、
 結局はアクセントの位置をどこに置くかという問題だ」


という友人の言葉を思い出す。


Tr.4の「Bachelor Pad」は、
8ビートにドラムンベースまがいの暴れるスネアが絡む、
構成的にはなんてことはない曲で、
vo.もスキャットだけなのにとてもキャッチーだ。
恐らく、マイク・マイヤーズはこのキッチュなキャッチーさにやられて、
この曲を『オースティン・パワーズ』("The Spy Who Shagged Me")に
採用したのだろう。



また、後に最も顕著になる、FPMの人脈の広さも見逃せない。


フレンチポップなTr.6の「Dear. Mr. Salesman」では、
野宮マキがピチカート通りの安くてキュートな歌声を聴かせてくれるし、
プロデュースしているのはFPM自身と福富幸宏だ。
福富幸宏はレコーディングやミックス、ベース、
コンピューター・プログラミングなどでもクレジットされている
砂原良徳の名前も散見する)。



さらに、いささかミーハーな話になるが、
特筆すべきなのはこのアルバムが「********* record」
レディメイド・レコード)から出ていることだろう。


つまり、田中知之という才能を見抜いた小西康晴の存在だ。


なんでも、編集者時代の田中知之が作った、
Tr.2の「L’aventure Fantastique」や、
Tr.3の「Steppin’ Out」のデモテープを聴いて、
レディメイドから出すことを決定したという。
「編集能力に長けた人間」は、
やはり同じ才能を持つ人間に敏感だったということか。


ミーハーついでに述べておくなら、
ジョン・キューザック主演のレコードオタクのための映画、
『High Fidelity』に、このレコードのジャケットが映るシーンがある。


この映画はハリウッド的な当り障りのない予定調和的な脚本に陥らず、
音楽好きを喜ばせる内容なのだが、そのワンシーンで、
ジョン・キューザック演じるロブが経営するレコードショップの一角に
このジャケットが登場するのだ。
音楽をテーマにしている映画なだけに、
ジャケットが映るシーンには神経をつかっているはず。
以前NHKトップランナーに出演したとき、
司会の武田真治にこのことを指摘され、
田中知之が素直に喜んでいたことを思い出す。


エンディングの「Pura Saudade」もよい。
ワルター・ワンダレイのようなオルガンが前面に出た、
田中知之の好みがモロに出た曲なのだが、
無理に大曲で終わらせようとしないで、すっきりと終わらせる意図がよい。


あえて苦言を呈すならば、Tr.9の「Philter」はいただけない。
リズムで色々と実験しているものの、
メロディのトランペットが演歌なので、どうにも締まらないのだ。


また、確かに隙の無いつくりだが、
デビュー作ということに過剰に意識的なアルバムではないだろうか。
即ち、多少の気負いが感じられるのである。
他の凡百のクラブ・ミュージックとの差異化をはかって、
「踊れるラウンジ・ミュージックを創りだそう」という野心が透けて見える。
後の『too』など全編ハウスなのに、
この1stでは一曲もハウスらしきハウスはない。
もちろん、このような野心は芸術家なら絶対必要なものだが、
もう少し無防備に冒険してもいいのではないだろうか、
と後のFPMの活躍を知っている人間としては思ってしまうのだ。


幸い、この1stは文字通り世界レベルで受け入れられたわけだが、
ここから、なまじ1stがヒットしたばっかりに、
2nd, 3rdを創る苦しみが続くことになるのだった。


FPMもまた、僕に刺激を与えてくれる音楽家の一人である。