関税よりも生産者へ補助金を(朝日新聞 ミダス王の誘惑)

「ミダス王の誘惑」 2017年2月3日 朝日新聞 朝刊

関税よりも生産者へ補助金

 日本は貿易や投資の自由化を目指し、東南アジア諸国連合ASEAN)、チリ、スイス、オーストラリアなど、多くの国々と経済連携協定(EPA)を結んでいる。話題の環太平洋経済連携協定(TPP)も、包括的な貿易・投資の自由化交渉だ。
 貿易自由化の是非が議論されるとき、生産者からの視点ばかりが目立つ。自動車などの輸出産業のために相手国の関税を引き下げさせ、一方では、輸入品と競合する農業部門のために、日本の輸入制限を維持することが目的となっている。
 しかし、貿易の利点とは生産者を守ることではない。人々が、世界中の面白い、役に立つ商品を手に入れ、生活を楽しく、快適にできるからだ。経済学でも、貿易を行う最終目的をそう考えている。
 生産者は消費者でもある。生産者のもうけのためというのも、消費者の生活向上という最終目的のための手段に過ぎない。所得が増えれば、いろいろな商品を買えて、生活が豊かになるからである。もうけのために消費機会が阻害されるなら本末転倒だ。
 欧州連合(EU)は日本とのEPA交渉で、チーズなどの関税引き下げを要求している。2015年度の日本のチーズ総消費量は約32万トンそのうち輸入品は75%近くを占める。欧州産チーズには22〜40%程度の関税がかかっている。関税が撤廃されれば輸入チーズが安くなる。消費者には大歓迎だ。他方、国内の畜産農家は打撃を受ける。
 消費者にとってチーズは消費のごく一部だが、生産者には生活のすべてだ。そのため、生産者への保護政策がとられている。保護をするなら、関税よりも生産者への補助金の方がよい。
 関税とは、輸入業者や消費者が外国製品を買うときに、一定率でかける税金だ。輸入業者が関税を払う場合でも、市場で販売するさいには、その分を価格に上乗せする。結局、消費者が負担する。
 負担は輸入品を買う場合に限らない。関税で輸入品の価格が高くなれば、国産品の価格も高くなり、その分が生産者の手に入る。つまり関税とは、自由貿易を維持しながら、国産品と輸入品の両者に物品税をかけ、輸入品からの税収を政府に、国産品からの税収を国内の生産補助金として渡す制度に等しい。
 だが、保護を受ける生産者には補助金をもらっている自覚はない。消費者も、価格が高いと思うだけだ。 生産者への補助金は必要な場合もある。伝統産業の維持、生産地の国土や環境の保全は重要である。そのため、各地域で働く人々の所得と生活を保障したい。それなら、お金の流れや目的を明確にすべきだ。
 それには関税ではなく、輸入を自由化して生産補助金を支払う。その財源は所得税や消費税でまかなう。
消費者の負担は同じで、国産、輸入品を問わずチーズが安く手に入る。価格は下がっても補助金があるから、生産者の収入は関税の場合と変わらない。また、値下がりでチーズの消費量が増えれば、生産者にも恩恵がある。
 ワインの例を考えてみよう。チリとEPAを結んだため、07年以降、チリ産ワインの関税が段階的に引き下げられた。結果、15年度のワインの輸入量は07年度と比べ約7割増となり、過去最高を更新した=グラフ。ワイン全般の価格も下がり、全消費量も増えて、国産ワインも4割ほど売り上げを伸ばしている。
 同様の効果は、チーズを含め、関税で保護されている他の製品でも期待できるはずだ。(小野善康 阪大特任教授)


「関税よりも生産者へ補助金を」。
たしかに、そっちの方が健全だよなあ。
長期的に見ても、補助金を出したほうが伸びしろは増えるのでは。

特に、

だが、保護を受ける生産者には補助金をもらっている自覚はない。消費者も、価格が高いと思うだけだ。

というのはその通りだと感じた。

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