ドングリ拾い

このひとつの逸話だけで、寺田寅彦夫婦の関係が想像できます。

 

ドングリ拾い

 寺田寅彦が最初の妻夏子と小石川の植物園に行った時のこと。夏子が団栗の落ちているのを見つける。無数の団栗を拾い、ハンケチを膝の上に広げてなおも拾う。寅彦は

「もう大概にしないか。馬鹿だな」

と言って厠へ入る。出てきても夏子はまだ拾っている。

「一体そんなに拾ってどうしようというのだ」

と聞くと、夏子は

「だって拾うのがおもしろいじゃありませんか」と言う。

その妻は2年後に肺結核で亡くなった。寺田寅彦『団栗』

 

小説とも異なる随筆の領分。

明治というと近代小説が生まれた時代として、漱石、鴎外といった作家の名が上がりますが、一方で清少納言にまで遡る、日本文学の特徴である「随筆」分野が一気に花開いた時代であることは見過ごされがちです。

幸田露伴寺田寅彦

フランス語の essai から生まれ、独自の発展を遂げたこのジャンル、明治時代には優れたものがたくさんあります。

 

どんぐり

どんぐり

 

 

その人のことを知るには、3つの逸話があれば十分だ、とニーチェは『反時代的考察』の序文に書いています。

さしずめ、このエピソードは寺田夫妻を「知る」逸話の一つといったところでしょうか。

 

この寺田寅彦の『団栗』は根強いファンがたくさんいる作品のようで、amazonのレヴューでは最近のものが大半です。

 

 幸田露伴を読み返してみようかなあ、なんて思いました。

努力論 (岩波文庫)

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ちくま日本文学全集 (35) 寺田寅彦

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珍饌会 露伴の食 (講談社文芸文庫)

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