いやあ、日本語が「膠着語」であることを実感する言葉ですよね、これは。
緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム
原子力規制委員会のホームページの最初にある言葉です。実際に、東北大震災発生の12日後に「緊急時迅速放射能影響予測」として発表されました。
ですが、「緊急時迅速放射能影響予測」は分かったような分からない言葉です。単純に語順に従って解読してみると
「緊急時に迅速に発生する放射能の与える影響を予測すること」
「放射能が発生した緊急時にその影響を迅速に予測すること」
「緊急時に放射能が与える影響を迅速に予測すること」
の3つくらいは読み解けますが、よく分かりません。
「緊急時」とは災害時を指すのでしょうが、緊急時には必ず放射能が放出されるわけではありませんから、ここは放射能が放射されるから緊急時という使い方なのでしょう。このあたりも不明です。
「迅速」は動作名詞の「予測」にかかるのでしょうが、それなら語順がよくないというべきでしょう。
「放射能緊急時影響迅速予測」なら少しは分かりやすくなるのですが。
「放射能」「緊急時」「影響」「迅速」「予測」の5枚のカードを入れ替え差し替えてみますか。順列組み合わせで5×4×3×2×1 = 120通りの言い方が可能です。その120通りの中から原子力規制委員会のメンバーが頭を絞って命名したのでしょうが。はっきりしていることは、「頭を絞って考えていない」ことだけです。
これは手厳しい。
とりあえず、公式発表を確認しましょう。
原子力施設が、万が一にも事故を起こして、自然環境の中に多量の放射性物質が放出された時の防災対策として、計算による環境影響の予測を迅速に行う計算システム
これが公式的見解のようです。
ならば、現状の「緊急時迅速放射能影響予測」よりも「緊急時放射能影響迅速予測」の方がその意味に近い気がしますね。
予測に間違いがあったりして、後日訂正をする場合にも、「あれは迅速予測」だったので…とのロジックも成り立ちますし。
ただ、わたしが考えたのは、つくづく、日本語は「膠着語」だなあ、ということ。
言語形態学の観点からみると、言語は「屈折語(fusional language)」「膠着語(agglutinative language)」「孤立語(isolating language)」「包含語(polysynthetic / incorporating language)」に分類できるようです。
日本語の場合、この膠着語の特性を活かせば、限りなく新語を産出できるでしょう。そして、だからこそ、語順が大事なわけで。難しいですね。
さて、新語の創出といえば、なんといってもジョイムズ・ジョイス。
学生時代、主に柳瀬尚紀先生に私淑して、『ユリシーズ』そして『フィネガンズ・ウェイク』に没頭したことがあります。あれはいい経験でした。何を言っているのか、全然わからなかったけど。
ジョイスを読むときは、新語の創出、特に「膠着語」ということにしか注意していませんでした。屈折語、孤立語、包含語という可能性も視野に入れていたら、もっと広い読みが可能だったかもしれません。
ジョイスは、アドルノ、万葉集と並んで、引退後に読む本と決めている本です。
ああ、早く引退したいなあ。